解体直前の奈良ドリームランドが最後に夢を見せてくれた

閉園して10年が経過した奈良ドリームランド。2016年10月、放置されていた遊具や建物の解体工事がいよいよ始まります。最後の姿を目に焼き付けようと訪問したら思わぬ絶景に出会えました。

高台から見た奈良ドリームランド跡地。 1961年にアメリカのディズニーランドを模して開園(当初はディズニーランドを名乗る計画でした)。来園者数は60年台に160万人を記録しましたがレジャーの多様化で徐々に減少。 USJの開園で決定的な打撃を受け2006年に閉園を迎えました。

シンボルである岩山は色んな場所から見えるので閉園後も奈良市民にとってはランドマークとなっていました。

跡地は定期的に訪問していますが結果は毎回残念なものでした。 遠くからは見渡せる奈良ドリームランドも近景は全然だめ。 敷地全体を木々が覆っているので敷地外からは園内の極一部しか見えないんですよね。 参考までに2012年と2014年の写真を。これでもマシな方のアングルです。 今回もきっと…とあまり期待せずに向かったところ



丸見えやないかー!

ASKA〜!!

※注:この木製ジェットコースターの名前です。

なんという雄姿。 ASKAは10年以上放置されたアトラクション。いわば遺跡です。 それが崩れること無くこんな美しい姿を保っていただなんて。あまり好きな言葉ではないですが「絶景」だと感じました。

ASKAは東京、三重に続く国内3番目の木製ジェットコースターとして1998年に登場しました。建設費用は20億円。 入園者減へのテコ入れのためで、当初は年間10万人〜20万人増の効果がみられたそうです。

子供の頃は私もドリームランド(地元民は“奈良”をつけない)の常連でASKAは中学生のときに乗りました。木製コースター特有のガタピシとした軋みに興奮した記憶があります。

コースに使われた北米産のパイン材は3万8000本。最高部高度30m。最高速度80km/hで全長1000mの距離を2分で走りました。 ちなみに現存する国内最大規模の木製ジェットコースターであるホワイトサイクロン(ナガシマスパーランド)は 最高部高度42.4m、最高速度102km/h、全長1700mです

なぜ木々が伐採されて見晴らしがよくなったかというと解体工事を始めるにあたって整地が必要だったから。 今後、工事がすすんで他の場所も見えるようになるのか、はたまた高い仮囲いに覆われてしまうのかは分かりません。

撤去工事にいたった原因は侵入者の多さ。 廃墟画像や動画が出回った影響で国内のみならず外国人の廃墟マニアにもその存在が知れ渡りました。 一部では「世界一有名な廃墟」とも呼ばれているそう(全然知らんかった…)。検索すれば素晴らしい画像がわんさか出てきます。 ちなみにこのページの写真は全て「敷地外」からです。

なお、約30万m2の跡地の利用法は「謎」です。火葬場の建設中止、借地料の裁判、固定資産税滞納による差押、公売の不成立… などなど幾多のトラブルを経て大阪の不動産会社であるSKハウジングが落札したのが2015年。価格は7億3000万円でした。 奈良駅から直線2kmの好立地でこの破格値!…ではありません。奈良ドリームランド跡地は市街化調整区域、 風致地区、古都保存法の規制の適用を受けるガチガチの規制区域。公共性の高い施設しか建設できないことになっています。 なに目的なんだろ?は奈良県民の話題のひとつです(結局、一旦は転売されるでしょうね)

久しぶりの出会いにすっかり嬉しくなって日暮れ時にも再訪しました。 月とのコラボです。

シルエットが綺麗

こんな芸術作品ありそうですよね

撤去前に「コースター歩いて1周ツアー」とか実施してほしかった。 今からでも遅くないですよSKハウジングさん!

ジャングルクルーズの滝をくぐる際のクライマックス感、 岩山のコースターにエンドレスで乗ってたら乗車拒否をくらった記憶。

廃墟らしからぬASKAの姿が懐かしい思い出を呼び起こしてくれました。 さすがドリームランド。 最後にとびっきりの夢を見せてくれました。

おまけにその他の写真を。




※見学の注意
前面道路は路肩が狭い割に交通量が多いです。 路駐も不可ですので現地へはバスやタクシーで向かいましょう。近鉄奈良駅から最寄りバス停まで10分。さらに歩いて10分くらいかな。 ASKAを拝めるのは正面エントランス(鴻ノ池陸上競技場側)がある大通りではなく、その西側の道路からです。 ちょっとわかりにくいので地図でしっかり確認していくことをオススメします


地図上のマークはASKAの位置

解体工事の様子は随時伝えていきたいと思います。