村野藤吾の百貨店建築リスト

名古屋の丸栄百貨店に続いてヤマトヤシキ姫路店の閉店が決まりました。 ふたつの百貨店に共通するのが設計者が村野藤吾である点です。 残念ですがこの流れはこれからも続くかもしれません。そこで村野が得意とした百貨店建築のいくつかを解体済みも含めて記録に残しておきます。

丸栄本館

日本建築学会賞を受賞した唯一の百貨店。縦横の格子柄が目をひきます。 モザイクタイルの壁面装飾が有名ですがなぜか撮っていない。。

閉店は2018年6月の予定。建物は解体され商業施設が新たに建てられる見込みです。 栄エリアに立地する松坂屋、三越、丸栄は「名古屋の3M」として覇を競っていましたが今は名駅とのエリア間競争が激しさを増しています。

ヤマトヤシキ姫路店

播州の雄として君臨したヤマトヤシキ。 姫路城を正面に見据える大手前通り沿いに立っています。 1951年の開業時は4階建て。増改築を繰り返したためか村野建築っぽさは薄いです。 2018年2月28日に閉店した後に解体。

近鉄百貨店上本町店

村野藤吾は多くのクライアントから重宝されましたが特に関係が深かったのが近鉄。 ターミナルである上本町駅周辺のホテル、百貨店、劇場、本社…それら全てが村野の設計でした。 その劇場を建て替えた際に百貨店も外装リニューアルしたのですがココでは以前の姿(2009年)で載せておきます。

近鉄百貨店阿倍野店

解体済み。現在この場所にはあべのハルカスが聳えています。 昭和32年(1957年)の大増築を村野藤吾が担当。逝去から4年後に葡萄唐草模様の外装にリニューアルされましたが曲線美は変わらず。 なお、近くにあったかつての村野藤吾の事務所は2017年12月にカフェにリノベーションされました。

岡山タカシマヤ

正式には日本生命岡山駅前ビルというオフィスみたいな名称ですが1973年の竣工当初から高島屋が入っています。 スリットが上品に照らされる夜の姿が特にオススメ。日本生命×村野藤吾のタッグが生み出した名作として知られるのが「日本生命日比谷ビル(日生劇場)」です。

日本橋高島屋(増築)

日本橋高島屋の建物ももともとは日本生命の所有でした。 近代建築のイメージが強いですが裏手の増築部分は村野藤吾が手がけていて「増築建築の名作」なんて評価もあるようです。 解体されてしまった新館(写真3枚目)も村野の設計でした。国の重要文化財の指定を受けます。

京都高島屋

歪な平面からわかるように四条河原町の京都高島屋も増築を繰り返した百貨店です。 村野はまだ3階建てだった1950年台初め頃から関わっていたようです。

池袋PARCO

オープン当初は百貨店の東京丸物でしたが僅か10年余りで閉店。 以後はPARCOとして営業しています。丸栄本館と同じようにモザイクタイル画が壁面を飾りましたが現在は跡形もありません。 ちなみに丸物が名古屋に出店していた百貨店三星が後の丸栄です。村野藤吾つながり。

読売会館

敷地にあわせて緩くカーブを描きます。 フランク永井の『有楽町で逢いましょう』の舞台として知られますが「小窓にけむるデパート♪」 が有楽町そごうでなく現在のビックカメラだったらこの歌は誕生しなかったでしょうね。



近鉄、高島屋、そごう、丸物、丸栄、ヤマトヤシキにかつては大丸も…。 業界のライバル関係を軽々とこえているあたり村野への圧倒的信頼がうかがえます。 そして、その高評価を得たキッカケであったろう名建築「そごう大阪店」が真っ先に解体されたのはあらためて残念だと思わざるをえません。





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