解体か、それとも…。大阪化学繊維会館が閉鎖

大阪化学繊維会館(現・アーク瓦町ビル)が閉鎖されました。現在と過去の写真を交えつつ、ビル存続のわずかな可能性について語ります。

繊維関連企業の集積地として隆盛を誇っていた大阪船場。その一角に立つのが大阪化学繊維会館、略して大阪化繊ビルです。高度成長期の真っ只中、大阪万博を4年後にひかえた1966年に、日本化学繊維協会の大阪拠点兼テナントビルとして完成。地上7階地下2階建てで3層の塔屋付きで、日建設計が設計を担当しました。

船場エリアには繊維関連の業界会館として、重要文化財の綿業会館(1931年完成)、村野藤吾による輸出繊維会館(1960年完成)という2つのスター建築が残ります。それらを「柔」とすると、大阪化学繊維会館は「剛」のイメージ。建物全体をプレキャストカーテンウォールのユニットで覆ったキッカリとした外観が特徴でした。

そもそもビル存続はずっと危機でした。日本化学繊維協会は2011年に退去済み(移転先は綿業会館)で、2013年にアーク不動産に所有権が移っていました。解体を覚悟しましたが、アーク瓦町ビルと名前が変わったので「あぁ、とりあえず残るんだな」と安堵したのを覚えています。

当時、オフィステナントとして繊維関連企業など30社程度が入居していましたが、2017年5月に久しぶりに訪れてみると残り1社だけ。これはヤバイな…と感じてた翌月、昼間でもシャッターが降りる状態になっていました。

庇テントのボロボロに剥がれた文字は「大阪化繊ビル内郵便局」とかろうじて判読が可能

塔屋の「CHEMICAL FIBRES BUILDING」(化学繊維ビル)のサインは以前のままでした。

さて、ここからは稼働していた頃の大阪化学繊維会館の写真

ビル内は立ち入りが難しいですが、幸いなことにこのビルには地下店舗街がありました。

1階ピロティから階段を真っ直ぐにおりた先に長方形の空間があって、外周にそれぞれの店舗の入口がついていました。吹き抜けなので地下であって地下ではないような不思議な感覚です。それにしてもいい青色。

美容院などが営業。壁とかタイルとか色々な模様が穴場っぽいでしょ。

階段を支える柱

階段を真後ろから。

天井にも波のような装飾がありました。

招き入れられて1階ロビーにあった建築模型を撮影したことも。

さて、大阪化学繊維会館がもしかして解体を免れるかも…と考える理由は次の3つ。2012年に耐震化工事が完了していること。大阪でオフィスからホテルへの転用が相次いでいること。化繊クラブが使っていた豪勢な会員室(?)が残っていること。

3つ目のクラブ会員室は正確には「残っている…かもしれない」です。1階と地下1階にあったはずですが見たことはありません。

日本化学繊維協会に属する帝人、東洋紡、東レ、クラレ、旭化成、ユニチカ、ダイワボウなど大阪に馴染みのある会員企業のお偉方が夜な夜なグラスをかたむけていたのでしょう。昔の写真では、大きな螺旋階段と、丸く白い柱がたつラグジュアリーな空間でした。ホテルに転用となればホテル受付、バーとかに使えそうで他ホテルとの差別化を図るにはうってつけです。

うってつけといえば屋上に、ゴルフの打ちっぱなし練習場があることも思い出しました。旅行者にちょっと珍しい体験を提供できますよ。写真中央の緑色のネットのある場所です。

なんてことを書きつつ、取材は7月初旬だったので、今頃はもう何らかの工事が始まっているやもしれません。築50年の古ビルなので解体と考えるのが普通。残ればラッキーくらいに考えています。どなたか次の動きを確認された方はご一報を。

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