高松港の修築工事に合わせ、昭和2年に完成した港湾施設。 定期船が発着した県営桟橋の付け根に位置し、1階に待合所、発券所、観光案内所、2階に事務室、会議室、貴賓室等を備えていた。
昭和25年の昭和天皇行幸の際には、県営桟橋(高松港務所)が四国4県周遊の起点となった。 3日目には再び高松港に戻り、お召船「はやぶさ丸」にて小豆島へ渡航、同日中に帰港している。
高松港務所から高松港湾事務所、高松港管理事務所と名を変え、2001年の高松港旅客ターミナルビルの完成に伴って閉鎖。2012年に解体された。
なお、2棟隣には大阪商船船客待合所(関西汽船ビル)があった。 昭和3年に竣工。大阪商船の高松支店としても使われ、1942年に航路を承継した関西汽船へ移譲。 サンポート高松の開発に伴って解体されている。